名古屋高等裁判所金沢支部 昭和31年(う)325号 判決
であるかの如く装い、これを石垣三郎に展示して偽造の署名印章を行使し、同人をして、叙上の花鳥図は池上秀畝の真筆であると誤信するに至らしめ、因て石垣三郎をして売買代金名下に現金六万円及び額面五万円の約束手形一通を自己に交付せしめてこれを騙取したものである。」ことを肯認するに十分である。弁護人は「池上秀畝なる画家は既に死亡して居るから、同人の署名印章を模造しても犯罪を構成しない。」旨主張するけれども、しかしながら、刑法第百六十七条第一項に所謂他人とは、必ずしも現に生存する人をのみ指称するものでなく、既に死亡した人をも、これに包含するものと解すべきであり、従つて仮令池上秀畝なる画家が現在生存していないとしても、嘗ては実在した人であることが明白である以上、同人の署名印章を偽造した被告人の所為は、刑法第百六十七条第一項に該当すること多言を要しないから、論旨はその理由がない。
弁護人は「被告人は前記花鳥図の屏風一双を、その価値に相当する対価で販売したものであり、対価を騙取する意思の下に、相手方を錯誤に陥入れたものでない。」旨主張するけれども、結城辰三の作成に係る鑑定書の記載、殊に無名の素人画家の筆に成る本件花鳥図十二枚の価格を「無落款ならば金十二万円、偽落款があるので金六万円」とする部分の如きは、被告人の買入価格その他諸般の事情に照し、にわかに措信し難いのみならず、仮に右屏風が十数万円に相当する価値を備えたものであるとしても、被告人の所為が、人を欺罔して錯誤に陥入れ、その結果、人をして財物を自己に交付せしめたものであることは、既に認定した通りであり、詐欺罪の成否は、反対給付の価値が相当であるか否かによつて、左右されるものでないから、右論旨もまた採用することが出来ない。
(裁判長判事 高城運七 判事 成智寿朗 判事 沢田哲夫)